
心身の傷が教えてくれたこと
2024.04.17
もうすぐJR福知山線列車事故から19年になります。今日は、この文章を読んでくださる皆さまと、分け隔てないいのちの尊さを分かち合いたくて、この19年の出来事と気づきをシェアしたいと思います。
26歳のとき、朝の通勤途中でJR福知山線脱線事故に巻き込まれた私は、もっとも被害者が多かった2両目で全身10数ヶ所以上を骨折するなどの瀕死の重傷を負い、同時に大きなトラウマ体験を経験しました。病院に運ばれた後、気づいた時、私は全身血だらけのままベッドに寝かされていました。顔は恐ろしく腫れ上がり、右手以外の身体はどこも動かず、全身が猛烈な痛みに襲われていました。「私はこれから一体どうやって生きていくんだろう」と、恐怖と絶望の中にいました。
しかし一方で、その日はこれまで「あって当たり前」「動いて当たり前」だと思っていた自分の身体が、本当は当たり前ではなかったことに気づき、ようやくこの生きた生身の身体に意識が向き、身体の探求が始まった日でもありました。
素晴らしいドクターや身体の専門家に助けられ、3年後にはすっかり歩けるようになりました。リハビリを兼ねて始めたピラティスのインストラクターにもなり、すっかり身体という不思議な世界に魅了されていました。しかし、その後約8年に渡り、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、重度のうつ病、双極性障害といった数々の心の病を経験することになりました。そこにはこれまで感じたことのなかった精神的苦痛の世界が、まるで底なし沼のように広がっていました。少しでもよくなろうと前向きに努力していたつもりでしたが、その一方で身体と心はどんどん引き裂かれ、分離していたのです。
それまで自分は、元通り歩けるようになり、日常生活に支障ない身体さえ取り戻せば、あとは気合いで、何とかなるものだと思っていました。心のことなど、大して気にもとめていなかったのです。しかし、側から見れば事故前とそう変わらないくらい歩けるようにもなり、日常生活を不自由なく送れる身体になった時、私の心は、まるで身体の見た目とは反比例するように、どんどん生きる力を失っていきました。
今の身体を無視したエゴの願いばかりに気を取られ、違和感や小さな身体症状といった心の叫びを代弁するような「身体からのサイン」には、全く耳を傾けてこなかったのです。そして、それは事故がもたらしたというよりは、幼い頃から自然と繰り返してきた無意識の習慣によるものでした。私は小さい頃から、たとえば「おしっこをしたいと言い出せずに我慢する」とか「本当は痛くても限界まで痛みを我慢する」とか「本音をおさえて相手の期待に応える」といったようなやり方で、いつも自分に過度なストレスを強いることで、その場を乗り切るということを、ずっと繰り返し続けていたのです。
心が落ちるところまで落ちた時、ようやく気づいたことがあります。それは、私が本当に求めていたことは、心身が理想の状態になることではなかったということです。むしろ心身に多少不具合があったとしても、今の自分の状態に感謝し、日々幸せを感じられる自分でありたいということでした。たとえ、一生車椅子のままだったとしても、たとえどれだけ辛い過去があったとしても、与えられたいのち、与えられた身体に感謝し、日々の生活を楽しめる自分でありたいというのが、本当の願いだったということに気づいたのです。
それまで私は、自分の人生にさまざまな期待をし、それが叶ったり叶わなかったりするたびに、一喜一憂し、それをずっと引きずっていました。事故後は「30歳までに上海でやりたかった仕事をするために、これまで努力してきたのに!」とか「事故でこんな傷だらけの身体になってしまって、お嫁にもいけないじゃない!」といった感じで、期待通りにならなかったことに怒りや憤りを感じ、いつまでも切り替えられずにいました。しかし今思えば、人生(今起きている現実)もまた、私に何かを期待していたんだと思います。
人生が私に期待していたこと。それは私が、過去の出来事に振り回されるのではなく、今の現実をありのままに受け入れるということ。また、過去の自分ではなく、今の自分との新しい関係性を再構築していくことを期待していたように思います。このことは当時の私にとっては、途方もない困難でした。しかし、その日から少しずつ少しずつ、何度も何度も心身の浮き沈みに溺れそうになりながら、いや時に実際に溺れながら、心と身体のつながり、自分自身とのつながりを取り戻して生きてきました。
事故から12年後、ようやく心身の状態がある程度安定し、病院に通うこともなくなったある日のこと。奇跡を経て生まれた我が子が、にっこり笑う愛らしい姿を見ていた時、私の中に一つの疑問が湧いてきました。「心身の状態によって、まるで別人格のような自分を生きてきた事故からの日々。なぜ人は、同じ人間であっても心身の状態によって、こうも現実の見え方や感じ方が大きく変わるのだろう。一体、私という人間の内側で、何が起きていたんだろう。」と。
それまで頭でっかちで目に見えるものや、根拠のあることしか信じられなかった私は、身体や心についても、あちこちに通って学びに行っては、新しい知識を詰め込んでいました。しかし、自分の心が不安定になった時、多くの知識はどれもほとんど役に立たちませんでした。むしろ、答えがない頭の中で、グルグルと答えを探し始め、余計に苦しみ続けるということを、よく繰り返していました。そうこうするうちに、このパターンを繰り返しても、どうにもならないことにようやく気づき、もうこれ以上古いパターンを繰り返したくないと思うようになりました。そして、ようやく思い通りにならない自分の人生に開き直った私は、誰に何と言われようが、過去に何があろうが、もっと「自分の人生を自分らしく生きよう」と決めることにしました。そう決めたら、なんだか心がスカッとし、その後何かに導かれるように小野寺潤先生に出逢いました。
先生から教えていただいたことは、一言で言えば「意識」についてです。先生はこのようなことをおっしゃっていました。「私たちは皆、平等に歳を重ね、やがて老いていきます。しかし、意識は何歳であっても進化し続けることができます。もしくは何歳であっても、意識が止まってしまっている人もいます。それは皆さんお一人お一人が選べます」と。先生は、私たちに「古神道」「量子力学」「祓い」「言霊」というような、昔の私であれば簡単にスルーしていたような一見怪しい世界の学びを与えてくださいました。そこで私は、これまで全く知らなかった人に対する「新しい見方」を教わるようになりました。それらは、これまで自分が、頭の中で考えていたこととは、全くスケールの異なる世界の話であり、言い換えると「思考」という枠を超えた世界の話でした。そして、この「思考という枠を越える」ことこそが、私にとって何より必要な経験でした。きっと多くの生きづらさを抱える人たちにとっても、必要な経験だということを今は確信しています。
あれから6年。この間に、私の人生は魂に導かれるように動き出しました。お仕事では、感情を扱うセラピストとしての道へ進むことになり、またいのちの講演家として「いのちの尊さ」や「メンタルヘルス」「安全の本質」などについて、講演活動をするようになりました。それらは過去の自分には想像もつかない未来であり、それらの経験は、これまで負債でしかないと思っていた自分の過去が、実は大きな財産だということに、気づかせてくれるものでもありました。また私生活では流産を経験し、その後最愛の姉を癌で失いました。また一方で、娘という新しい生命を授かりました。「思考の枠を越えること」を知らなければ、この6年という日々は、また違う人生になっていたかもしれません。
改めて、事故から19年の日々を振り返り思うこと。それは私たちは、生まれながらにすでにこの叡智が詰まった身体を、授かって生まれてきているということです。そこに目を向けることなく、そこに感謝することなく、いたわりの心を持つこともないまま、自分を変えようとするのは、自分自身を見ないまま、自分を変えようとすることに他ならないということ。過去の私があれほどまでに、長く苦しみ続けたのはまさにそういうことだと思います。
人はすでに全てを持っている。わたしもあなたも全てを持っている。ただ、まだそれらの全てを生かしきれていないだけ。そういった視点で、自分や相手を見ていくと、それまでのように自分や誰かを責めたり批判したりすることにエネルギーを消耗することが、どんどん減っていくのを感じます。また、自分のことも相手のことも許せる優しい世界が、広がっていくのを感じます。
今、お仕事を通して、また日々の生活を通して、目の前の大切な人と「自分にも相手にも優しい世界」を分かち合えることに、大きな喜びを感じています。そして、ご縁ある方々には、私が19年かけて築いてきた「自分との信頼関係」を、もう少し楽に、時間をかけずに、自分や誰かを責めることなく、自分を癒し、満たしながら深めていただけるよう、これからも全力でお力添えできればと思っています。
最後に。
人はいつか必ず死にます。それは誰もがみな同じです。どうせ最後に死ぬことが決まっているなら、人生の最期に、自分の人生のすべてに「ありがとう」と言って死にたいと思いませんか。私はこれから、どんな人生が待っていたとしても、人生のすべてに「ありがとう」と言って死にたいと思っています。過去に起きた出来事を変えることはできません。でも、過去に起きた出来事をどう捉えるかは、自分次第でどうにでも変えていくことができます。だからこそ、どんな悲惨な過去にも、どんな受け入れ難い現実にも、無条件に「ありがとう」と言える私でありたいと思うのです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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